研究実施計画

1. 研究目標

機械工学とは力学がその主要な支配法則であるシステム(仮に機械システムと呼ぶ)を対象として、その現象解析とモデル化、またその制御とシステム設計を目的として体系化されてきた工学体系である。伝統的な機械工学は成熟した段階にあり、この機械工学の新たな展開を目指して、種々のフロンティア研究が現在積極的に企画・推進されている。本拠点形成においては、機械システムを“複雑さ”という新たな視点から深く探求し、そこに働く支配法則と制御原理を明らかにすることによって、「機械システム」の概念を拡張し、新しい機械工学の体系を構築することを目標とする。

現在、機械工学が関連する多くの分野において、複雑な機械システムを研究対象とすることが明らかに、また潜在的に要請されている。たとえば、地球温暖化現象と関連して長期的気象変動予測を可能とする大気海洋システムモデルを構築することが一例である。このモデルが包括的で信頼性が高いためにはそれが実証的な確かな基盤の上に築かれなくてはならない。このモデルを構成する個々の要素過程は伝統的な機械工学の領域における諸現象にほかならない。流体力学の分野では、乱流構造を介した熱物質輸送に関する研究を精力的に行ってきており、現在、種々の知見の豊富な蓄積を持っている。この乱流輸送現象はまさに長期的気象変動現象において本質的役割を果たすものである。これらの知見をもとに大気海洋システムモデルを構築することは、新たな機械工学の重要研究課題である。一方、一般的に機械システムに要求される機能は、従来からの延長である高精度・高速度等の高効率化に関する機能とともに、環境と調和・共存するための適応機能が新たに重視されるようになってきた。しかし、この種の機能は、従来のかたい機械システムでは実現できない。それを可能とするのは、環境に応じてその構造を変化させ自身の応答を変える機械システム、柔らかな機械システムであろう。そのため制御工学の分野では、環境の影響のもと多様な挙動を示す複雑な内部構造を持った機械システムを研究対象として、その制御原理の解明と設計論を構築することが重要な研究課題となる。

本拠点形成においては、複雑な機械システムを“環境の影響のもと、動的で多彩な挙動を示す複雑な構造を持ったシステムであり、その挙動を通して我々にとって有益な機能を実現するシステム(動的機能機械システム)”と捉え、その挙動を支配する法則-膨大な数の要素過程を支配する法則-の解明とそのような機械システムの設計論を構築することにより、新しい機械工学の一分野「複雑系機械工学」を創出することを目的とする。

2. 研究計画

大きな自由度と非線形特性を持ち、環境との相互作用によって、自己組織化、フラクタル、カオス等の多様な挙動を示すシステムは複雑系と呼ばれ、その研究が近年発展してきた。そのなかで、複雑なシステムはその内部に存在する普遍的な法則を通して自発的に秩序構造を形成すると共に、その秩序構造形成を通して高度な機能を実現する能力を持つことが明らかとなってきた。本拠点形成では、複雑系の科学で開発された新しい解析手法および機能創発概念が動的機能機械システムの研究において重要な武器となると考え、機械工学の研究者と複雑系科学の研究者の工学と理学の共同研究により、現象解析と数理モデル化および制御とシステム設計の研究を行う。また、「複雑さ」という視点から伝統的な機械工学の概念を捉えなおし、拡張することによって、新たな研究分野を切り開き、そこで水準の高い研究を展開する。

(1) 複雑な構造を持つ自然システム及び人工システムの示す動的で多様な挙動を支配する普遍的な法則の解明と、その数理的モデリングに関する研究

規模の大きさ、構造の複雑さから従来の解析法で扱えなかった現象の解析法を、確率解析を基礎に開発し、フラクタル構造、カオス特性をもつシステムの特性解析を行う。特に、フラクタル構造上の熱拡散、波動伝播等基本的な物理過程の解析とともに、複雑な構造を持つ材料の機械特性解析を行う。また、従来現象論的な方法でモデル化が行われている環境流体システムのモデル化をより現象に忠実で精度の高いものにするために、その素過程である乱流輸送現象の厳密なモデルをもとに構成論的な手法でモデル化を行う。

(2) 動的な構造を持つ複雑なシステムの発現する挙動を我々にとって有益なものとするための制御原理の解明と、そのシステム設計論の構築

動的な構造を持つ複雑なシステムは非線形特性をもつ本質的に不安定な多数の要素から構成されたシステムであり、従来の制御理論では扱うことが出来ないシステムである。この種のシステムに対し、制御原理の数理的な検討とともに、自律分散システム理論にもとづく自律分散制御法の開発を行う。特に、カオス理論にもとづく乱流の制御、秩序形成にもとづく適応的機能を実現する機械システムの設計論を開発する。

3 研究体制

研究組織として、4つの研究グループを設置する;(1) 複雑系の数理解析研究グループ (2) 複雑流体現象の解明とそのモデリング研究グループ (3) 複雑構造材料の特性解析研究グループ (4) 複雑系の制御・設計論研究グループ。これらの研究グループでは、研究会、勉強会を通して日常的な研究交流を行うとともに、具体的な研究課題を設定した共同研究を行なう。共同研究施設としては学際的共同研究施設である桂インテックセンターに設置されている流体領域高等研究院、ナノ工学高等研究院を利用する。本拠点では、従来、研究者単位で行なってきた国際共同研究をもとに、海外研究機関と共同研究をはじめとして活発な研究交流を行う。特に、システム科学を中心とした国際的共同研究機関である IIASA (International Institute for Applied System Analysis, Austria) と共同研究協定を結び、IIASA を会場として定期的なセミナーを開催して、本拠点の目指している新しい機械工学、「複雑系機械工学」を国際的に発信していく。


京都大学大学院 工学研究科 機械理工学専攻 マイクロエンジニアリング専攻 航空宇宙工学専攻
情報学研究科 複雑系科学専攻
京都大学 国際融合創造センター
拠点リーダー 椹木哲夫(工学研究科・機械理工学専攻)
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